■地域と知的資産経営


地場産業と知的資産

  (H28近畿ブロック知的資産WEEKから)

 

 平成28年に、知的資産WEEKに参加させて頂き、大変参考になる内容であったため、岡山県行政書士会の月刊行政岡山に投稿したものを、加除の上転載いたします。

 

 平成28年に、N県で行われた、地場産業と地方創生をテーマとした知的資産経営WEEK2016セミナーに参加いたしましたので、その内容についてご報告いたします。セミナーは2部構成になっており、第1部は基調講演、第2部はパネルディスカッションが行われました。

 

第1部 「長い目で見た地場産業の振興・地方創生」からN教授による基調講演

 

お話しはN県で開催ということで、N県の位置づけから始まります。N県は、高校生1000人当たりの東京大学進学率が全国第2位、京都大学進学率が全国第1位であり、県外就職率も第1位となっている。一方、企業関連のデータを見ると、人口1人あたり税収額(平成25年度決算)は、沖縄県よりも低く全国で最も低い。この数字は岡山県の約半分となる。金融機関の預貸率を見るとこれも最下位となっている。ここからN県では優秀な学生は育っているが、就職先となる企業が少なく、金融機関も積極的に融資を行う先がないことをが分かる。これはN県には長年続く地場産業が多く、そのネットワークで産業を保っている実態を表している。

 

そこで、地場産業の振興・地方創生のポイントについて話が進んだ。

まず「固定観念を捨てる」ことが重要であることが事例を挙げて紹介された。事例の一つが、「小口荷物は、集荷・配達に手間がかかり採算が合わない」という常識に対し、「小口の荷物の方が1kg当たりの単価が高いので、小口貨物を沢山扱えば収入が多くなる」と考えて始まったのがヤマトホールディングの宅配便だ。

次に、「自分の町よりおいしい柿を作る産地はいくらでもある、名の通った栗を生産している地域もある、高齢化率51.4%の町では勝負にならない」という常識に対し、「柿や栗の実ではかなわないので、葉やイガで勝負する」として取り組んだのが上勝町の葉っぱビジネスだ。

さらに「体験工房なんて儲からない、時間がかかる染色は体験には向かない、和装以外に進出しない」と思われていた染め物業界で「短時間で乾く顔料を使い、若者向けデザインの体験教室」をオープンし、現在年間5万人が来店する体験教室となった例が紹介された。

 

ではなぜ人は固定観念を捨てられないかと言えば、それはリスクを恐れ合理的に判断したがるからだ。たとえ合理的な計算結果が一緒でも短期的な経済合理性を求めてしまう。(例:210円の商品が200円になった場合と10円の商品がタダになった場合は、タダの品物をもらいたがる)次に、不確実性が高く、短期的な経済合理性の判断が難しい状況では、人まねをすることが合理的となってしまう。(例:道が分からなければ皆が行く方に着いて行く)

 

これを経営戦略の視点で見ると、皆がリスクを避け合理的な判断を行い経営する結果、その市場は参加者が増加し、価格勝負に陥ってしまう。そこで教授は、業界常識(固定観念)を捨てて、あえて不合理なことにチャレンジすることが重要だと提案した上で、では現実に、こうしたことが本当に経営にプラスになるのかを見るために、事例を紹介された。

まずバネを製造する会社の例で「バネの大口需要先と取引しない、国内生産にこだわる、絶対に値引きせず値引き交渉されたら断って帰る(バネ業界では値引きが当たり前)、難しい仕事ほど受注する」という取り組みを実践して、年間3万件の受注、20億円の売上、納期遵守率99.99%、創業以来赤字なし企業が紹介された。

次に、一度取得していたISO9000認証をやめた企業が紹介された。これは経営者の「失敗を認めない組織からは新しいことは生まれない」という考えによる。つまり認証取得により認証規格に合わすことが仕事になってしまい、自分たちでさらに良いものを作るというチャレンジ精神が欠落すると気がついたからだ。そもそもISOの考え方は一定の品質基準を求めるものであるので、ISO規格よりもさらに厳しい基準を社内で構築しそれを実現すれば商品は売れる。この企業は、電磁誘導発熱ジャケットロールで世界No.1のシェアを誇っている。

 

 こうした一見不合理な経営判断の事業への影響について、教授は帝国データバンク140万社の中から、5期連続黒字、5期前と経営者の変更なし、従業員が100人以上300人以下の企業で5期前よりも従業員が増加している非上場の企業を選び出し(1039社)、全社にアンケートを送付し217社から回答を得た。(回収率21%)

そこから目先の利益を追いかけない尺度を元に、結果を、

①業界トップグループ(主力事業の売上高上位3%)、

②財務優良グループ(自己資本比率が同業者黒字企業の平均を上回っている企業)

の2項目をそれぞれ高低に分け組み合わせ4つの分類を作ると、①、②のいずれも高い企業(できすぎ企業)ほど、目先の利益に執着していない、財務優良企業ほど、人まねをしないという傾向が明らかになった。

 

 不確実性の高まりにより、短期志向が進み、目先の利益確保、リスクを過大評価、長期の投資を行わない傾向と、人まねを好み、皆と同じ事をする、間違った判断でも皆と同じなら納得できるという状況に陥ってしまう。そこでこの不確実な現状を打開できる人材が必要となる。そのためには、不合理なマネジメントが競争力の源泉にならなければならず、これを長い目で判断する必要がある。

 

 この不合理なマネジメントと経営資源の強化への課題としては、

(1)課題(難しさ)は、因果関係が複雑(不明瞭)、ステークホルダーの理解を得がたいという点が有る

(2)この克服策として、長期(長い目で見た)努力・工夫が必要であり、経営者の戦略観と従業員の理解(理念の共有)が不可欠、外部の利害関係(特に金融機関)の理解が必要、財務を分析すると長期的な財務強化に向けた計画は必須などが指摘された。

 

こうした長い目で見たマネジメントを可視化するために、

①製品などの見えるものだけでなく、製品に生きる技術などの無形の強みを見る。

②技術やノウハウを見るだけでなく、技術を維持(高度化)する努力を見る。

③装置や制度だけをみるのではなく、人づくりの様子を見る。

④それらの背後にある「経営者の考え・思い」を見る。

これらが必要で、こうした可視化の手段として知的資産経営報告書が使用される。知的資産経営報告書作成支援を通じ、事業の流れ(付加価値創造ストーリー)の可視化を行うことが企業支援者としての行政書士に求められる。

 

 

第2部 パネルディスカッションから「地場産業の次世代へのバトンタッチに必要なこと」

 

 N教授が進行役に、パネリストとしてT社代表取締役T氏、同社の後継者N氏と同社の知的資産経営支援を行ってこられたM先生が登壇された内容についてご紹介します。T社は、N県にある創業88年の企業で現社長が3代目となる。昭和3年の創業時は魚網の製造をしていたが、ナイロン製の漁網の広がりから別部門で製造を始めていた靴下の製造を本格化し、その後スクールソックス、5本指のソックス、自衛隊で使用されているガッツマンという靴下、ランナー用の靴下などを製造している。その他、リストバンド、ハンカチタオルも手がけている会社だ。現社長は平成15年に就任され、昨年には5年間の他社でのルート営業を行ってこられた後継者であるN氏が入社された。

 

 行政書士のM先生とT社長との出会いは、K商工会議所で行われた、14回連続の知的資産経営セミナーにM先生が講師として、T社長が受講者として参加され知的資産経営について学ばれたのがきっかけとなった。まずT社長が大切にしていることがコミュニケーションだと説明された。それは会社の内部に向けても外部に向けても同じであり、内部は男性社員が定着しにくい職場であることから女性従業員が多くその従業員に対し、男性である社長がきめ細かなコミュニケーションを図ることは限界がある。そこで、社長の奥様やN氏がそうしたコミュニケーションが円滑に行くためのサポート役となっている。社外に対しては、靴下産業は、N県の地場産業として根付いており、刺繍、デザインなど多くの工程が全部分業で行われている。中には社長よりもかなり高齢な経営者もいて、社長就任時には最も若年者の世代であったが年月をかけて、関係を培ってきた。

 

 こうした分業は、周囲の同業者も同じ工程で同じ事業者を利用しているケースも多く、周囲との差を付けることが難しい。また、自社だけではなく、それぞれの工程にいる会社で事業承継が上手く進まないと、自社の製品作りに大きな影響を与えることとなり、そうした状況がすでに出はじめている。

T社長自身が後継者として就任したとき、財務は引き継いだが知的資産というものへの認識が不足していたため、そういう面で苦労し、取引先のベテラン経営者の指導も受けて、今日までやってきた。従って、後継者には、知的資産経営の勉強をさせるとともに、自分の業界にこだわらず広く様々なセミナーや、業界の見学を行うように指導している。

 

後継者のN氏には経験を積ませ、会社が100周年を迎える12年後に引き継ぎたいと考えている。N教授は、専門家として行政書士はどのような支援が必要かについて、知的資産について気づき、それに外部環境を加味して事業計画につなげる。また、経営革新計画などに発展されることが必要であると指摘された。T社長は知的資産経営への意識が高まってから、自社の状況を把握するため、社員に対し自社について、協業相手について、お客さまへの対応・反応などについて社員が積極的に意見を求めるようにした。ネット販売については、商品と価格、実績だけに注目するのではなく、どのようにやっているかについても把握し、お客さまからのご意見に対しては、T社長自らが説明を行う場合もある。最後に士業に対し期待することは何なのかというN教授からの問いかけに対し、T社長は、継続的な支援は税理士さんに行って頂くことになる。財務戦略も含め税理士さんと相談している。行政書士には、知的資産経営として非財務の経営要素に対する気づきを与えて頂いたり、この活用支援を期待していると述べた。

 

 

ここからはこのイベント全般(第1部、2部)に対する聴講者としての意見を記載します。

 

まず第1部のN教授の基調講演の内容を一言で言えば、経営に不合理な取り組みを入れることが競争優位の源泉となると考えられ、分析によるとその実績も出ているというものだ。そうした企業が業界上位で財務状況も良いという分析も紹介された。

こうした学者の分析は真実ではあろうが、実務ではこれが適用できる企業なのかどうかの見極めが必要だ。というのは、すでに社歴が長く実績や技術、信頼を得られている企業であれば、その一部門として不合理な取り組みをスタートでき、長い目で見て成功につながるかも知れない。

けれど、社歴の短い企業は、経営資源も少ないから不合理な取り組みを行う余裕がなく成果が出るまでに会社が終わってしまいかねない。従ってどこまで自社の経営資源が新分野に注入できるか、その期間はどの程度なのかは合理的に見極めなければならないだろう。当然、不合理な取り組みは、事業性評価融資に取り組んでいる金融機関であっても、支援を得ることは難しい。

 

 

第2部のパネルディスカッションでは、K商工会議所の担当者が代わり、長期間に及ぶ知的資産経営セミナーをやろうと計画したことがM先生とT社との出会いを生んだ。こうした点は、岡山県内ではまだ不足しており、商工会議所や商工会に対し開拓の余地がある。

一方、N県行政書士会では、知的資産経営支援というのが会としての大きな動きにはなっておらず、知的資産経営に関する金融機関との具体的な連携も行われていない。

 

T社のように後継者が当然と思い、入社し、長期計画で必要なことを継いで行くというのは、むしろ希なケースなのかも知れない。地場産業の構造と若い後継者の将来を合わせ考えると、業界ネットワークの綻びに備えるなど、自社だけではなく、自社を取り巻く外部環境に対するリスクの把握も重要になる。その意味で、「知的資産経営=自社の強みを生かす経営」という考え方そものもが「固定観念」に縛られていると言え、そこから抜け出せない専門家は、結局リスクを恐れ人まねをすることが合理的と思い込んでいることになる。そういう専門家による知的資産経営支援は、企業を誤った方向に導くかも知れない。